2025.12.24
2024年1月27日、一般社団法人アスバシと一般社団法人Foraは日本初となる「アプレンティスシップフォーラム」を開催しました。
「働きながら学ぶ」という選択、アプレンティスシップ。日本での実例は少ないものの、いまの日本でこそ必要とされているのでは、と日本版アプレンティスシップの可能性を考えるべく、有識者の講演や実証事業の紹介、ワークショップなどが行われました。
今回は、リクルートワークス研究所主任研究員である古屋星斗さんの講演「“ゆるい職場”時代に、学校と地域は若者に何を提供すべきか?」の内容をお届け。
新しい学びの形の裏側にある、日本社会の現在を見つめながら、アプレンティスシップの可能性を考えていただきました。
この10年ほどを見ると、たくさんの新しい学びの形が生まれています。探究学習、プロジェクト型学習、STEAM教育、ICT教育、コミュニティスクール…etc。
私たちが行っているアプレンティスシップも、そのひとつ。日本ではまだ実例の少ない、まさに新しい学びの形です。
うんうん、すべて大事だよな…と思う一方で、単語ばかりが先行しているようにも感じてしまいます。それぞれの学びで大切にしたいもの、ひいては、なぜその新しさが必要なのかという真ん中の部分が空っぽのままに、手段ばかりが議論されているような。
だからこそ、講演で古屋星斗さんが語ってくれた日本社会の現在、変わったことと変わっていないこと、これからの社会環境などは、アプレンティスシップの可能性を考えていくうえでの土台になると感じました。
日本社会の過去・現在・未来を通して、個人にも社会にも必要になる新しい学びの可能性を考える。そんな時間となった講演を、今回はレポートいたします。

古屋星斗
リクルートワークス研究所 主任研究員 (※肩書や所属は講演当時のものになります)
2011年一橋大学大学院 社会学研究科修了。同年、経済産業省に入省。産業人材政策、政府成長戦略策定等に携わる。2017年より現職。労働市場のシミュレーションに基づく未来予測や、次世代社会のキャリア形成を研究する。
一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。法政大学キャリアデザイン学部兼任教員。
著書に「ゆるい職場―若者の不安の知られざる理由」(中央公論新 社)「なぜ『若手を育てる』のは今、こんなに難しいのか」(日本経済新聞出版)
社会の維持すら人手不足に?
「いま、日本社会は非常に不思議な状態になっています」
こうはなしはじめた古屋さんが言及したのは、景気と人手不足の関係性。通常、景気が良くなると人手が足りなくなり、悪くなると人手が余るはず。けれど、いまの日本社会では景気の良し悪しに関係なく、深刻な人手不足に陥っているとのこと。
「この状況に対するひとつの仮説は、需要の増減をベースにして人手が不足しているわけではなく、そもそも労働力が供給されなくなっているのではないか、ということです。
もっというと、日本が社会を維持するために必要なサービス、たとえば医療、介護、物流、建設現場、復興などの現場が必要とする人の数に対して、この社会が共有できる人間の数が下回りはじめているんです」
この状態を、古屋さんが進めていた「未来予測2040」という調査レポートでは「労働供給制約」と名づけています。その要因のひとつが、少子高齢化。2040年代前半には10人に1人が85歳以上になる。それは、労働の担い手、つまりは社会の維持に必要な人手の母数の減少を意味します。

「いま、人口動態に起因するこういった変化を迎えつつある。これを私は令和の転換点と呼んでいます。人類がまだ生きたことのない社会です。なにが起こるかわからないこの社会は、本当に生きていけるかどうかも含めてわからない。
この産業構造の大きな転換は、教育現場と社会との関係性も変化させていきます」
整いつづける労働環境と、上がりつづける離職率
多くの現場において、そもそもの労働力が足りなくなっていく。その状況は、企業の採用をめぐる問題にも現れています。
「高卒就職においては、有効求人倍率がバブル期を超えてしまったんです。愛知県で懇意にしている工業高校の先生は、指定校求人の倍率が20倍になったともおはなししていました。
高校生1人に対して、20社が取り合っている。恐ろしい状況です。人が採用できないと、機会不足が積み重なって倒産してしまう。こういった人手不足倒産も増えている現状では、採用のやり方も変わっていかざるを得ません」

若手人材の採用が難しくなっていく。それは同時に、せっかく採用した人材に辞められたら困る、という悩みにもつながる。だからこそ、職場環境を良くしようとする動きが活発化してきている、と古屋さんはおはなしします。
「ここ6,7年で若手の労働環境が劇的に変化していますよね。20年前と比べると、若手の残業時間が半分になっているという調査もあります。これはマインドセットが変わった、雰囲気が変わったなどの曖昧な理由ではなく、法改正によって労働時間上限ができたり、パワハラ防止法ができたりしたからです。
この日本社会は、最も貴重な資源である人材、特にそのなかでも若手人材を使いつぶす企業を許さないという決心を固めたんです。それが法改正に現れています」
労働を担う人材を大切にしようと、職場環境が整えられていく。これだけ聞くといい変化だと思ってしまいますが、流れと相反するように、若手の離職率は上昇しているとのこと。
過去の調査データでは、労働時間が長くなれば離職率は上がるし、短くなれば離職率が下がるという関係がある。けれど、この6,7年の日本においては全く成立しなくなっているそうです。
このねじれは、いったいどのように生まれているのでしょう。
若手が放置されざるを得ない職場
働く環境が整っていたとしても、別の職場を求めていく。このねじれの裏には、古屋さんが「キャリア不安」と呼んでいる感情があるのでは、と言います。
「若手に聞くと、別の会社や部署で通用しなくなるのでは、と不安を感じている方が48.9%もいらっしゃるんです。半分近くが、いまのままでは成長できない、友人と差をつけられているのでは、と焦りを感じている。会社が嫌いになったわけじゃないけれど、不安がある」
この不安の背景を説明するデータとして、若手への教育訓練機会の減少があります。計画的なOJTを受講している割合や、Off-JTに割かれている時間が減っている。それはいわば、若手が放置されている状況です。

「マネージャーさんも忙しくなっていますからね。教育訓練を若手人材にする余裕がなくなってきている。だからこそ、中途採用の需要が増えているんです。若手の採用は難しいし、採用しても辞めてしまう。だったら即戦力を採用したほうがいい。
企業の視点から見ると、確かに仕方がないかもしれません。ですが、日本社会全体にとってはどうでしょうか。若手が育たなくなるかもしれない、地域を支える若者がいなくなってしまうかもしれない。
このように、日本企業の若手の育成に対する姿勢が徐々に変わりつつあることに、私は強く懸念を持っています。大切なのは、働き方改革だけでなく、育て方改革も両輪として回すことではないでしょうか」
労働環境の変化や法改正などもあり、これまでのような長時間労働での教育機会をつくることは難しい。若手人材の育て方そのものを、新しくする必要がある。
そこで古屋さんが着目しているのが、学生時代の社会的経験です。
入社前の経験が、仕事での実感を左右する
「入社前の段階で、さまざまな社会的経験をしている新入社員が増えている事実もあるんです。高校生のときにインターンシップをしたり、大学生のときに起業したり。この会場にも、プロジェクトベースドラーニングと呼ばれるカリキュラムに参画している人もいらっしゃるかもしれませんね」
過去、こういった経験をしてきた新入社員は稀な存在でした。けれど、徐々に割合が増えてきている。そして、仕事で高い成長実感を抱いていたり、その仕事に対するパフォーマンスが上がってきている若手社員の分析をすると、入社前の社会的経験がプラスに働いているケースが多いんだそう。
それだけ聞くと当たり前の事実に聞こえるかもしれませんが、データ上でこういった経験にプラスの影響が見出されるようになったのは、2016年卒の新入社員からとのこと。それより前は、プラスにもマイナスにも全く機能しなかった。
「私は、その原因が職場環境の変化にあると考えています。職場では従来通りに育てられないために、若手が自律的に活動することが重要となってしまっている。これはある種、不都合な真実かもしれません。会社は皆さんのことを育ててくれないんです」

それはつまり、採用後のその人材の活躍度合いが採用前に決まっているということ。この視点で眺めてみると、インターンシップは単なる採用活動やCSRではなく、人材育成としての意味を持ちはじめます。
職場環境の変化にともなう、インターンシップなど社会的経験が持つ意味の移り変わり。企業側としても学生側としても、しっかりと認識しておく必要がありそうです。
学校外の社会経験が意志を育てていく
では、社会的経験はなぜ入社後にも大きな影響を及ぼすのでしょうか。古屋さんが着目しているのは、経験から動機を得る重要性でした。
文部科学省の調査によると、「合格できそうだったから」と進学する大学を選んだ学生は、大学生活への満足度が低いという結果があるんだそう。「将来就きたい仕事が関連している」などと回答した人に比べるとダブルスコアほどにもなる。
「少し前の時代では、偏差値の高い学校に入る、有名な会社に就職することで社会的地位が上がり、幸せにもなれていた。けれど、この関係性は現代ではおそらく崩壊してしまっている。
だからこそ何かの選択において、どういう理由で、どういう動機で、どう思っていたかによって、その人生の幸せ感が大きく異なるようになっています」
大学進学や就職などの大切な選択をするとき、「なんとなく」ではなく、仮でもいいから動機、つまりは意志を持てるかどうか。そこで大きな役割を果たすのがインターンシップだと、古屋さんはおはなしします。

「5日以上のインターンシッププログラムにおいては、就職後の仕事における自律性基準を高める、という結果がわかっています。アプレンティスシップについてはまだデータがありませんが、おそらくより大きな結果があるはずです。
さらに、仕事だけではなく、学校生活にも影響を及ぼします。5日以上のインターンシップに参加した学生は、学習意欲が向上するという結果もあるんです。勉強の動機って、宇宙飛行士になりたいから物理をやりたいんだ、のような気持ちで生まれるわけですよね。
そういった素朴な気持ちを喚起して、学校生活のモチベーションを高めていく経験の場が、学校の外側にあるのではないかと私は注目しています」
さまざまな経験を通して、「あれに興味がある」「これを学びたい」と思うようになる。その気持ちが、学校や職場での生活を張りのあるものにさせていく。
だからこそ、進路選択を準備させるものとして、アプレンティスシップが求められているのではないか、という仮説が浮かび上がってきます。
動機が育つのは、現場。
進路選択と聞くと、大学進学だったり就職活動だったり、若者が岐路に立っている様子を思い浮かべてしまいますが、それ自体が変わってきているとのこと。
「いまの日本では、20代のうちに54%が転職しているので、選択の機会は何度もやってくるんです。大学進学や新卒での就職は、人生における最後の選択ではなく、最初の選択でしかない。
こういった状況を考えたとき、学校は、社会は、若者になにを提供すべきか、ということから考えなくてはいけません。選択の時代に、動機が育つ環境をどう提供するのかが最も重要な課題になっているんです」

大切な進路選択が1,2回しかないのなら、正解らしきものを与えるだけでよかったかもしれません。けれど、何度も何度も選ぶ立場になるのだとしたら、そのときに大切なのは、動機や意志をつくっていけることのはずです。
さまざまな経験から自らの動機を汲み上げ、意志を持った選択を重ねていけるように。そのためには、どういった環境が必要なのか。
「動機がどこからやってくるかというと、実践なんです。現場なんです。高校や大学の学び、リスキリングも大事ですが、動機は座学だけでは絶対につくることはできない。
こんな仕事がかっこいいな、こんなことをもっとやってみたい、あんなことができればもっと面白い社会になるんじゃないか。
そういった気持ちを得られる機会が、アプレンティスシップにはあるんじゃないでしょうか」

職場環境が変化し、成長機会が減少したことから、学生時代の社会的経験が重要になること。そして、人材の流動性にともない、選択する回数が増えてきたからこそ、動機を自らつくっていく機会が大切になること。
大きくこの2点から、いまの日本にはアプレンティスシップが必要なんだと、古屋さんはおはなししてくれました。
人間も、人間が置かれている社会も変わってくると、大切になる学びの形も変わってくる。いつだって、その変化にともなって新しい学びが生まれてきたのだと思います。
だからこそ、さまざま考えていかないといけない。
動機が育っていく環境ってなんだろう。意志があっても選択できない人がいるかも。学校や企業だけではなく、地域や家庭としてできることって?
こういった問いを考えることも、現場での実践のなかにしかないのかもしれません。記事を読んでくださっているみなさんと、アプレンティスシップの場を通じて、変化を感じつつ、新たな学びを考えていければ幸いです。
